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広島地方裁判所 平成4年(タ)20号 判決

原告

仲岡ユキエ

右訴訟代理人弁護士

秦清

被告

神山順子こと

李順子

右訴訟代理人弁護士

立岩弘

主文

一  昭和五四年六月一三日東広島市長に対する届出によりなされた原告と被告との間の養子縁組は無効であることを確認する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  昭和五四年六月一三日東広島市長に対する届出によりなされた原告及び夫神山静三(平成四年二月一九日死亡)と被告との間の養子縁組は無効であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告と神山静三(平成四年二月一九日死亡。以下、「静三」という。)は、昭和四三年四月五日婚姻届をした夫婦であるが、原告は昭和四九年頃家出し、爾来静三が死亡するまで別居したままであった。

2  ところが、戸籍上、原告と静三は、昭和五四年六月一三日、東広島市長に対し、被告を養子とする縁組の届出(以下、「本件縁組」という。)をした旨の記載がある。

3  しかし、原告は、被告と養子縁組をする意思はなく、縁組届をしたこともない。また、静三と被告の間にも、実質的な親子関係を創設する意思(以下、「縁組意思」という。)はなかった。

4  よって、原告は、被告に対し、本件縁組が全部無効であることの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、2の事実は認め3は否認する。

三  抗弁

1  縁組の追認

原告は、本件縁組を追認した。

2  被告の意思表示不能(昭和六二年法律第一〇一号による改正前民法七九六条。以下「旧七九六条」といい、他の条文についても同様に表示する。)

本件縁組届出当時、被告は意思表示ができなかった。

四  抗弁に対する認否

いずれも否認する。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1、2の事実は当事者間で争いがない。

二  甲第一号証の一、証人南鳳の証言及び原告本人尋問の結果によれば、本件縁組の届の原告署名部分は、静三の指示により南が記載したもので、当時静三は原告と没交渉であり、原告の了解を得ていなかったことが認められるから、本件縁組の届は原告の意思に基づかずに作成されたものであることが明らかである。

三  次に、静三の縁組意思について検討するに、甲第一号証の三、四、証人南鳳の証言によれば、南鳳は昭和五一年四月以降、静三と一緒に暮らしていたこと、静三と南の娘である被告(一九五二年一月三〇日生)とは別に暮らしていたものの親子のように付き合っていたこと、本件養子縁組をした主たる動機は、被告に結婚話が起こったが、韓国籍であることを理由に相手の親から反対されたので、それならば静三と養子縁組をすればよいということになったものであることがそれぞれ認められる。

右事実に照らすと、本件縁組の主たる動機は、被告に日本国籍をとらせることにあったとはいえ、それだけでなく、親子としてのつながりをもつことも期待して縁組したものと認められるから、縁組意思を有していたとみるのが相当である。

四 ところで、本件は旧七九五条の適用を受ける事案であるが、右規定下の夫婦共同縁組においては、夫婦の一方に縁組意思がなかった場合には、原則として縁組意思のある他方についても縁組は無効であると解されるところ、その他方と縁組の相手方との間に単独でも養親子関係を成立させることが旧七九五条本文の趣旨にもとるものではないと認められる特段の事情がある場合には、縁組の意思を欠く当事者の縁組のみを無効とし、縁組意思を有する他方の配偶者と相手方との間の縁組は有効に成立したものと認めることを妨げないと解されるので(最判昭和四八・四・一二 集二七―三―五〇〇)、右特段の事情の有無につき判断する。

証人南鳳の証言及び原告本人尋問の結果並びに前記認定の事実によれば、原告は、昭和四九年一一月ころ、静三の暴力に耐え兼ねて家出をして姉のもとに身を寄せ、その後も静三とは連絡も取らないまま別居生活を続け、結局静三が平成四年二月一九日に死亡するまで一度も会わなかったこと、静三が死亡したあとに戸籍謄本を見て本件養子縁組を知ったこと(戸籍の記載によれば、原告と静三は昭和五五年七月八日に協議離婚届をしたことになっているが、これについては別訴で係争中である。)、本件養子縁組は、静三と被告との間ですればよかったが、原告と静三が戸籍上夫婦のままであったので、やむなく原告とともに養子縁組をしたものであること、被告は右縁組当時二七才であったこと、以上の事実が認められる。

右事実によれば、縁組意思を欠く原告と被告間の縁組のみを無効とし、縁組意思のある静三と被告間の縁組は有効に成立したものと認めるのが相当である。

五  抗弁について

1  抗弁1については、これを認めるに足る証拠はない。

2  抗弁2について

前記認定のとおり、原告は昭和四九年に家出をし、昭和五九年ころまでは竹原市の原告の姉の家に身を寄せていて静三とは連絡もとらず、会ったこともなかったものであるが、静三において原告の所在を探そうとすれば容易に分かるものであった。しかし、静三は原告の兄弟のところへ行ったことはあるものの、それ以上に行方を探すことはしなかった。

旧七九六条の「その意思表示ができないとき」とは、夫婦の一方が行方不明で、かつそれが相当長期間継続し、復帰の見込みがない場合も含むものと解されるが、以上の事実関係のもとにおいては、原告の行方不明が復帰の見込みがない場合に当たるとは認められない。

六  以上によれば、原告の本訴請求は、原告と被告間の養子縁組の無効確認を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官浅田登美子)

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